第伍話:バンドネオン音響比較の巻
押忍、外道マルヤマです。
今回はバンドネオンの音色の比較になります。
何を比較するかと言いますと、
Alfred Arnold社製バンドネオンとKlaus Gutjahr社製バンドネオンの周波数特性です。
同じバンドネオンという楽器ではありますが、これらは全く別物です。
第参話で触れたとおり、Klaus Gutjahr社製バンドネオンは「既存のバンドネオンとは全くコンセプトが異なる」のです。
Horner社時代に製作されたものから改善に改善が重ねられており、良い意味で異質な仕上がりになっています。筆者はそこが非常に気に入りました。
とはいえ、そもそも90歳の楽器と2歳の楽器を比較する時点で条件がめちゃくちゃです。
むしろビンテージの楽器同士で音色の個体差を比較したほうが意義があるかもしれません。
目的
見た目も全く別物、実際に耳で音色を聴いても違いは明らかとわかっているものをなぜ比較する必要があるのか。
ズバリ、筆者がそれが気になって眠れなかったからです。
そんな動機で良いのです。
原理及び試験方法
難しい数式などは一切書きませんのでご安心ください。
必要以上の説明は省きます。ごちゃごちゃしないよう必要な説明もだいぶ省きますがね。
ライニッシュ式配列のバンドネオンの右手側のA(ラ)の周波数は 442[Hz](単位:ヘルツ)に設定される方がほとんどだと思います。
Alfred Arnoldユーザーの方はサウンドボードの裏にあるリードの位置を確認してみてください。表のボタンを操作した時に弁が開く箇所の裏です。
さあ、どこにありますかな?
正解は 3列のうち中央のプレート、左から5番目です。画像ではサブタ皮で見えませんが赤枠で示します。(開き弾きのA=442[Hz]のリード)
ご存知とは思いますが、これは 2枚のリード(Lリード、Hリード)の同時発音です。
この2枚リードの振動がユニゾンする仕様になっております。Hリードは1オクターブ上の 884[Hz]が基本波になります。
今回、2種類のバンドネオンの音色をサンプリングしました。ここでいうサンプリングとは録音です。
録音に使用した2台のバンドネオンは以下になります。
AA:Alfred Arnold社製バンドネオン(第一期 1930年頃製造)
ライニッシュ式配列です、外装色:黒、総螺鈿
O(オー)氏の所有する楽器とでも言っておきましょう。
製造から約 90年経過しており、開き弾き、閉じ弾き共にかなり弾きこまれております。
GB:Klaus Gutjahr社のバンドネオン(製造年 2017年)
ライニッシュ式配列 + 追加ボタン2個
外装色:マホガニー
左手最低音に「開きの ド#」、「閉じの シ」、右手最低音に「開き&閉じの ソ#」
を追加した外道マルヤマ仕様の楽器です。
製造から2年が経過しようとしていますが、既に音色は変化してきています。
筆者はバンドネオンに蛇(ヘビ)のイメージを持っており「Viper – I (ヴァイパー1号機)」などと勝手に命名しております。2号機はまだ存在しませんがいずれ姿を現すことでしょう。
集音装置として「ZOOM iQ7」MSマイクを用いました。
https://www.zoom.co.jp/ja/products/handy-recorder/zoom-iq7-professional-stereo-microphone-ios
場所は広さ 334 × 251.5 [cm2]の畳敷きの防音室で、室温は22[℃]に設定し、部屋の中央に座った奏者の右手側から70[cm]離れた距離で 48k [Hz]/16bit でPCM録音しました。
音は8秒間に渡り徐々に強くしていきました。
iPhoneでも結構綺麗に録れるものです。いやー、良い時代ですね。
記録できる信号の最大周波数成分は、サンプリング周波数の半分以下になりますので、48k [Hz]で録音 = 24k [Hz]までがデータとして有効となります。
楽器からはそれ以上の高音も実際鳴っているのですが、それらはノイズとして処理されます。
音の大きさの表示についてですが、デジタルで測れる範囲(最大音量の基準 = 0[dB](単位:デシベル))に対して、今鳴っている音はどれくらいか? を絶対的な値で表したものす。
音圧レベルを – [dB] マイナスのデシベルで表しております。
0[dB]を超えた場合は過入力となります。(音割れが発生します)
デシベルは対数的な値です。
例えば音圧が 「1から10」と 「100から1000」になった時、どちらも10倍ではありますが、人間の感覚としては同じくらい音が大きくなったように感じると言われております。
この 「xx倍になったか」というのを何[dB]高いか低いかでグラフの縦軸で示したものになります。
例えば 「-20[dB]」と 「-40[dB]」では「-20[dB]」の方が音が大きいです。差分の20[dB]は 10倍にあたります。
今回使用したマイク「ZOOM iQ7」の感度についてですが、12k [Hz](=12,000[Hz])をまたいだ辺りから音が高くなるにつれて一気に弱くなります。
iQ7の録音データの周波数特性 専門家による実測
周波数特性グラフ(スペクトラム、f特性)です。
縦軸はデシベル [dB] で上に行くほど大きな音、横軸はヘルツ[Hz]で周波数を表しており、左側が低い音、右側に行くほど高い音を表します。
縦軸の数字は20[dB]ごとの等間隔ですが、 40[dB]の場合は 100倍、60[dB]は 1,000倍、80[dB]は10,000倍の違いがあります。
このグラフを見ると12k [Hz]地点では -40[dB]ですが、16k [Hz]地点では-70[dB]まで下がっています。(青矢印)
なんと、この差分の 30[dB]は31.62倍です。16k [Hz]地点ではわずか 31分の1 扱いとは!
グラフを見ると縦軸のほんの1マス半ですが、12k [Hz]と16k [Hz]で周波数が違うと、マイクに音が入ったときの扱いがこれだけ異なるのです。
おっと、今回の主役はマイクではありませんよ。
バンドネオンです。
音色の比較
本題に入ります。開き弾き、閉じ弾き共に録音した信号を、WaveSpectraというソフトで解析表示したものがこちらになります。窓関数はHanningです。
いずれも基準波 f0 = 442[Hz]が -31[dB]に達した瞬間を捉えたものです。
横軸の周波数は log(対数)表示にしています。可聴域ではありますが音像を視覚で捉えやすいです。
開き弾き(Open) f特性比較 log AA(黒) GB(赤)
閉じ弾き(Close) f特性比較 log AA(黒) GB(赤)
ほぼ似たような形になりましたが、単純に赤色が飛び出ている部分がGutjahr Bandoneon(以降GB)の音の成分が強いと考えてokです。低音域もやや強めでしょうかね。
Alfred Arnold(以降AA)は押し弾き、閉じ弾き共に中音(700 ~12k [Hz]帯)の高調波外の音が豊富、特に 2k ~ 3k[Hz]で顕著です。これが音色の丸さを出しているのでしょう。
グラフで見るとそうでもなさそうですが、縦軸[dB]表示ですから明らかな差と見て良いでしょう。
閉じ弾きではAAの高域の鳴りが妙に強いですね。
耳で聴くとほぼ同じ音にしか聞こえないのですが、あとGBとは成分も異なるようです。
周波数をLiner(線形)で表したグラフのほうが「基準波に対して高調波の周波数が整数倍」というのが視覚化されてわかりやすいかと思います。下図に示します。
開き弾き(Open) f特性比較 Liner AA(黒) GB(赤)
閉じ弾き(Close) f特性比較 Liner AA(黒) GB(赤)
振動現象に遅延が生じない理想的な状態であれば、下の図のように基準波 f0に対し、きっちり整数倍の高調波が生じるはずです。
では、実際はどうでしょうか。
第2高調波 f1 から 第11高調波 f10まで音圧 [dB]を測定しました。データをご覧ください。
絶対誤差 = 実測値 – 理論値
相対誤差 = ((実測値 – 理論値) / 理論値) ×100
となっております。
まず、第2高調波 f1 の音圧が基本波 f0 の音圧を上回る傾向があるのは、LとHのリード2枚同時に f1の周波数の音を発生させているからと考えて良いです。
「fx / f0[Hz]」は周波数実測値同士が整数倍の関係になっているかの確認です。
誤差率 1%以内、各高調波の周波数の実測値はまあおおよそ整数倍と言って差し支えは無いです。
私の楽器 GB の方が誤差率がやや大きいような….って、ありゃ!
調律で 442[Hz]にしていたはずですが、いつの間に 443[Hz]になってますね。
このせいで全体が若干高域側(右)にズレています。(ズレも整数倍されます)
といった感じでなかなか良いです、この測定。
数年おきに行うのは面白そうです。
GBとAAとで高調波の音圧[dB]の起伏のパターンが異なるのもなかなか興味深いです。
これらの高調波の主要因となるのは
リードの振動、リード及びリードプレート内への音波の反射だけでなく、各材料間の音波の伝わり方、反射、各材料内での伝播速度やエネルギーの損失が直接的に関わっています。
我々ユーザーは音が出ているリード鋼の金属の成分、硬さ、弾性のみに注目しがちですが、サウンドボード、弁の開閉機構、共鳴部等に使用される木材の性質、
さらには金属パーツの位置、各部品のスケール、使用している量も音色に関わっているということです。(当然ながら ねじ、ガーニッシュ、空気レバー、スプリング類も含みます)
これら部品の特性は過去、現在のバンドネオンの製作者が材料の選定に試行錯誤し、試作した各部品のデータの蓄積をして製品化するに到っていると思いますので、当然企業秘密のはずです。
それでは、 t(時間)特性も見てみましょう。縦軸(音圧)、横軸(時間 t)の縮尺は全て同じです。f特性のグラフと全く同じタイミング(f0の音圧 -31[dB]時)で波形を捉えたものです。
いずれも典型的なオルガンの波形を示しております。
AA 開き弾き(open) t特性
GB 開き弾き(Open) t特性
GBは f特性で見たとおり高域 10k Hz以上の音圧が高いです。
実際に耳で聴くと若干「シューっ」とした音が上に乗ったクリアな音です。うねりを生じて少し丸みを帯びた「にゅーっ」とした音にも聞こえます。
これは可聴外の高域成分がAAより強いのが想像できますし、それらが基本波に重畳して波形がギザギザして波形が黒っぽいのが証拠です。
今回のマイクでは処理できませんが、実際は 35k [Hz]くらいまで余裕で出ているはずです。
筆者がこれから長年に渡って鳴らし込むことでどのように変化するかが、楽しみで仕方がありません。
AAの音色は耳で聴いたとおりマイルドで丸っこいツヤのある音ですね。波形にも現れております。さすがビンテージ!
ただ、残念なことにPCM録音だと両者の違いがわかりにくいです。一応、録音のリンクを私の動画チャンネルにアップしております。
AA開閉 GB開閉 音響 (限定公開:このリンクからしか開けません)
https://www.youtube.com/watch?v=-Agz3zII6pI
一応、閉じ弾きの t特性の波形も示します。
AA 閉じ弾き(Close) t特性
GB 閉じ弾き(Close) t特性
これ実は開き弾きと同等の大きな音が出ております。
ちょうど高調波同士がうまく上下で打ち消しあってこじんまりした波形になっています。
t特性はうねりのタイミングで波形の形が常に変化するためこのようなことがあります。
バンドネオンの音色は持続音です。
通常、発生してから早めに減衰するはずの高周波成分が随時発生(さらに うねりを生ずる)しており鳴動時間が長いのが特徴です。
これは蛇腹の操作をしている間は維持されます。(ただし、リリースした場合は余韻無く音が途切れます。ご存知の通りピアノのような残響はありません。)
これが鋭い音色の秘密なのです!
結論
録音データを聴いても2つのバンドネオンの区別はほぼつきませんが、グラフでなんとなく違いがお分かりいただけると思います。
コレ言っちゃおしまいですが、実物聴いたほうが早いです。
このコラムを書いた奴は誰だあ!…………..筆者自身でした。お騒がせしました。
サンプリング周波数によって録音の品質は変わりますが、
デジタル録音ではある周波数から上の成分は量子化ノイズの処理により全く記録されていないもの扱いとなります。
余談です。
私ども人間は20k [Hz]以上はほとんど聴こえないということになっておりますが、20k [Hz]以上が全く聴こえないというわけではございません。
だからといって、20k [Hz]以上のサイン波(Sine Wave)を聴かされても当然ながらほとんど聴こえません。
混ざり合った音に可聴外の音が混ざっているかどうかについてですが、
これが全く記録されていないものを聴いたときと、わずかでも一定以上のレベルで含まれているものを聴いたときの違いはご理解いただけるものと思います。
ちなみに筆者はオーディオマニアではございません。
超音波の測定にはそれなりの機材が必要です。
近年は高品質な機材が素人でも購入可能ではあります。
人 | 犬 | 猫 | イルカ | コウモリ |
20Hz~20kHz | 15Hz~50kHz | 60Hz~65kHz | 150Hz~150kHz | 1kHz~120kHz |
こちらは動物ごとの可聴域を示したものになります。
人間はダメダメですね、コウモリ様の足元にも及びません。
というわけで、筆者はコウモリ様の仲間になるためにバンドネオンの練習を一旦辞めて木にぶら下がる練習からスタートします。
申し訳ございませんが、私を木の枝や洞窟で見かけたらお声をおかけください。
(まさかのBAD ENDか?)
あるいはお知り合いにコウモリ男の方がいらっしゃいましたら蛇腹党にご紹介ください。
それでは、次回お楽しみに!
外道バンドネオン奏者 マルヤマ