第弐話:バンドネオンの種類と仕様について

第弐話:バンドネオンの種類と仕様について

こんちは、物欲が増して増してしょうがねえマルヤマです。

 

斯くなる上はバンドネオンを 65535台くらい購入していきたいなあと一瞬思いましたが、保守が大変なのであと 1、2台購入に留めておきます。

 

今回はバンドネオンの購入方法について独断と偏見と交えて説明したいところですが、

その前に、

バンドネオンの仕様についておままかに説明する必要があると考えました。

 

あと、世間に対しバンドネオンの謎めいた魅力を演出するために、

 

1:バンドネオンは難しい

2:バンドネオンは「悪魔が作った楽器」と呼ばれている。

3:バンドネオンは絶滅危惧種

 

といったネガティブで単純化された説明を受けたことがあると思いますが、

いずれも間違いではありませんし、実は正しくもありません。

 

これには以下の理由が有ります。

 

・演奏前にいちいち説明している時間が無い

・専門知識を教えても伝わらない、理屈を説明しても理解できない

・興味があるやつは教えなくても勝手に調べる

 

というわけで、このコラムの内容が役に立つなら外道バンドネオン伝道師としてこの上ない喜びです。

 

あるいはこのコラムにより皆さんのバンドネオンの認識がより不安定で混沌としたもの(!?)になるかもしれませんね。(余計なお世話)


一口に「バンドネオン」と言ってもいろいろあるんです

 

ボタン配列から説明します。

先ず、同じボタンを押したまま蛇腹を広げたときと縮めたときで異なる音階を発音する

Bi-Sonic(押し引き異音、ディアトニック(Diatonic))。

 

これには「左手の開き」「右手の開き」「左手の押し」「右手の押し」 計 4種類のボタン配列があります。

 

Bi-Sonicのバンドネオンは世界的に多く使用されており、前回述べた ライニッシュ(Rheinische)式配列の他に アインハイツ(Einheit)式配列が存在します。

 

アインハイツ式バンドネオンは 72ボタン(左 35、右 37)、144音が基本です。約 6オクターブ分の音階をカバーしているので、アルゼンチンタンゴの演奏も可能です。

バンドネオンの原産国はドイツです。

アインハイツ式はメーカーごとに異なる配列のバンドネオンが存在していたところを文字通り 「Einheit = 統一」したもので、ドイツ国内及びヨーロッパにおいて標準仕様となります。

ドイツでは主にフォークソング、行進曲、ダンス音楽、クラシック音楽がバンドネオンで演奏されております。

ドイツのバンドネオンフェスティバルではこのアインハイツ式の楽器の使用が原則となります。

外装写真を交えて紹介します。この青い楽器はAlfred Arnold社製です。

 

図1:アインハイツ式バンドネオンとそのボタン配列

 

右手側の最低音に「ソ」と「ソ♯」があるのが特徴です。

これは曲にもよりますが非常に重宝するはずです。図中に赤丸で示します。

右手の配列はライニッシュ式とかなり似ています。左手側は中央部分に共通箇所があります。(この後のライニッシュ式配列の図と見比べてみてください。)

この画像の楽器の外装は青色のセルロイド製ですが、セルロイドは光や酸素によって劣化しやすいという欠点によって長期保存に向かず、今は使用されておりません。

アインハイツ式バンドネオンにおいて他の外装色として「黒、茶、黄土色、グレー、白、紺、赤、ピンク、薄い緑、緑、黄、橙、シルバー、ゴールド」の存在を筆者は確認しております。カラフルでいいですね。

余談ですが、左右ヘッドのボタンの脇に記載された記号は演奏者には必要の無いものです。

これは、修理師がメンテナンス時にボタンに該当するリードを特定しやすくするためのものです。ただし、あらかじめプレート上のリード箇所を記した対応表を作成していなければ全く意味を成しません。

 

記載された記号「0/1」、「1/2」は分数ではありません。

それぞれ「0と1の間」、「1と2の間」のリードであることを示したものです。楽器がバージョンアップするにつれて後から追加されたボタンであるというなごりです。(ただし、1/1、5/5のような例外も有ります。)

 

一方、ライニッシュ式配列のバンドネオンはアルゼンチンへの輸出仕様になります。

 

外装写真は省きます。

外装色は基本的に「黒(Black = Negro)、茶(Brown = Maroon)」です。

外装の色、螺鈿細工の有無によって音色が違うなどはありません。

アルゼンチンタンゴには当時のシビアな生活状況が背景に含まれていますから、ドイツのようなカラフルな楽器はアルゼンチン人の好みではなかったのだと思われます。

図2:ライニッシュ式配列

 

ライニッシュ式配列は 71ボタン(左 33、右 38)、142音が基本になります。

 

左手右手共に閉じ弾き時の 「ミ 」の音のボタンがダブって割り当てされている件は理由不明です。

 

良かったら印刷してご使用ください。ただし、稀に改造されたものもあるようですので実際の楽器と照合してください。

ボタンが多いものも存在します。

主にELA社製の楽器で見かけるかと思いますが、生産数が少ないです。

71ボタンのものと比べて重量が重いのと、スペアの楽器を見つける事が極めて困難なため基本的にはプロの奏者からは避けられる傾向があります。

図3:ボタンが多いライニッシュ式バンドネオン

 

これは例外ですが、アルゼンチンのプロ奏者 Joaquin Benitez Kitegroski氏が使用している楽器です。右手だけでなんと 53ボタンあります。

 

筆者はボタンをやたら増やす事に関しては賛成できません。使わないボタンは無駄です。

 

逆にボタン数が少ない小さな楽器も存在します。軽くて操作性が高いですが、演奏に制約が出ます。コレクションには良いと思いますが、あえて選ぶ必要はないでしょう。

 

ここで、左手側のボタンの配列について筆者の持論です。

アインハイツ式に比べて暗いコードを弾きやすい配置と言われておりますが、それだけではありません。

 

このライニッシュ式配列で最も際立つ特徴は、最低オクターブの音を出すボタンに対して、その 1オクターブ上の音のボタンが割と近めに配置されていることです。

 

これは、黎明期のアルゼンチンタンゴがハバネラスタイルの下音で構成されていた事と関係があります。

図4:ある古いタンゴ曲の下音の例

 

これはある曲の下音の一例です。赤枠に示した部分をご確認ください。

 

これを見ると、このようなタンゴの曲を演奏するために何も考えずにボタンの配置を拡張したのではなく、ある程度の合理性に基づいて配置が決定されたものと言えます。

 

当時のアルゼンチンのバンドネオン奏者が試行錯誤をしながら、ドイツの工房に新品バンドネオンを注文する際ボタン増設のオーダーをし、それが繰り返された結果がこのライニッシュ式配列です。

 

ところでバンドネオン、特にライニッシュ式配列の戦前の楽器を「悪魔が作った楽器」と呼ぶことについてですが、これは、ボタンを増設した先人達を悪魔呼ばわりするということになってしまうのでしょうか。

 

バンドネオンが難しいという理由に起因するならアインハイツ式の楽器もそう呼ばれるはずです。

「悪魔が作った楽器」と呼ばれるには別の理由があります。

 

・ツヤと鋭さのある妖しい音色

・長く伸び縮みする蛇腹の禍々しさ

・演奏されるタンゴの曲の製作背景

 

これらが合わさって、結果バンドネオンという楽器によって嘆きの表現がされるようになり、「悪魔 = Diablo(ディアブロ)」の存在を感じるようになったのです。(主にアルゼンチンの話です)

 

尚、BPMが遅くなり、下音を四つ打ちにしてスタッカートで演奏するようになったのは1920年頃からです。

 

一方 Bi-Sonicと違い、蛇腹を広げたときと縮めたときで同じ音階を発音する

Uni-Sonic(押し引き同音、クロマチック(Chromatic))。

 

1925年にフランスのアコーディオン奏者 Charles Peguri氏によって作られたペギュリシステム(Peguri System)が主流です。

 

他にはクセロー式(Kusserow System)、マノーリシステム(Manouri System)等が存在します。興味のある方は調べてみてください。

 

Peguri Systemはフランスのミュゼット(アコーディオン)奏者がタンゴ演奏を容易にするため作られたものです。Cシステムボタンアコーディオンのボタン配列に似せられています。

 

図5:Peguri System ボタン配列

 

Peguri Systemは 73ボタン(左 33、右40)、146音が基本になります。押し引き同音のため半分は同じ音のリードです。

 

左右ともに内側から3列ごとに半音ずつ上昇し、同じオクターブのボタンを近い場所に集中させることでおおまかに区分しています。
Bi-Sonicの楽器を基準にするとなかなか強烈な並びですが、配列自体は覚えやすそうです。

 

このPeguri Systemのバンドネオンは侮れません。仮に我が国でバンドネオンの流行が発生した場合はこれがスタンダードになる可能性は大いにあります。とっつきやすさは重要です。

図6:Fratelli Crosio – Bandoneon Peguri System

 

現在は製造中止されておりますが、例えば、このFratelli Crosioというメーカーのバンドネオンは中古で流通されているのをよく見かけます。コーナーのリラの部分に「F」と「C」を合体させたようなマークがついています。

 

また、Alfred ArnoldのPeguri System仕様も存在します。

図7:Alfred Arnold – Bandoneon Peguri System

 

これは戦後に生産された品と思われますが、エレガントな白亜のバンドネオンで実にお見事!見かけたら筆者は衝動買いしてしまいそうです。実に素晴らしい!

また、ビンテージ楽器にも Chromatic Bandoneonは存在します。

 

第一にライニッシュ式配列のものと外観からは全く見分けがつかないタイプです。

外観写真は省略します。

図8:Alfred Arnold – Chromatic Bandoneon

 

Peguri Systemとは異なるルールで基本3列ごと半音ずつ配置されています。

「レ ’」のボタンが2つあるのが特徴です。(赤丸で示します。)

 

この図とは少しボタンの並びが異なりますが、

実はこのChromaticバンドネオンこそが戦後の我が国の奏者にとっての標準仕様でした。

 

しかし、タンゴの本場アルゼンチンが Bi-Sonicであるライニッシュ式配列の楽器を使用している事が判明し以降、アルゼンチンのバンドネオン奏者が演奏のついでに転売用に日本に楽器を持ち込んだり、日本人がアルゼンチンに渡航して買い付けてきたりといった具合で徐々に浸透したようです。

当時のタンゴ熱は相当なものだったのでしょうね。

 

他には、

ボタンが平行四辺形状に配置されたタイプ、おそらくKusserow Systemです。

図9:C.B. Arnold(ELA) – Chromatic Bandoneon 1929年製

 

あと、黒鍵に該当するボタンが色分けされているタイプも存在します。

クロマチックボタンアコーディオンそのまんまですね。

図10:Alfred Arnold – Chromatic Bandoneon 1920年製

これらを見かけたら入手してみるのも面白いかもしれませんが、流通することは滅多にありません。

Uni-Sonic の最大の利点は「左手」「右手」 計 2種類のボタン配列を覚えるだけで良いということです。よって、演奏技術の習得そのものはBi-Sonic のバンドネオンに比べて楽です。

 

ただし、曲によっては指がどうしても回らない状況があるかもしれません。譜面を工夫してうまく対処してください。これはBi-Sonic のバンドネオン奏者とは共有できない別の苦しみです。

実は、Bi-Sonic のバンドネオンは開き弾きと押し弾きを局面によって選択することが可能なため、Uni-Sonic のバンドネオンと比較し、運指の自由度が高いということになります。その代わり演奏技術の習得が難しくなります。一長一短です。

 

新しく開始する方は、まずBi-Sonic、Uni-Sonic どちらのバンドネオンにするかを選択してください。

 

筆者は先生との御縁もあり、ライニッシュ式の楽器で練習開始したため変更予定はありません。

難しそうだなあと内心思いつつも、Bi-Sonicのバンドネオンを選択し、案の定数年で挫折する方もいらっしゃいます。無理せずにUni-Sonicの楽器を手にして長く続けたほうが幸せといえます。

 

加えて、リードの仕様についてです。

実は、ひとつのボタンに対し同時に振動するリードの枚数が異なるバンドネオンが存在します。

 

・シングル ([Ⅰ])

・ダブル (2枚[Ⅱ])

・トリプル (3枚[Ⅲ])

・クアッドあるいはクアドラプル (4枚[Ⅳ])

 

これは楽器の大きさから推測は可能ですが、内部の確認は必須です。

これを知らずにバンドネオンを購入するとエライ事になります。おっと、前回「衝動買いしろ」と言ったのは筆者でしたね。

 

筆者が確認したところ、このようなものがありました。

 

Ⅰ/Ⅰ:入門用のバンドネオン、観賞向けのバンドネオン

Ⅱ/Ⅱ:基本はこれ

Ⅲ/Ⅱ、Ⅲ/Ⅲ、Ⅳ/Ⅲ:アインハイツ式バンドネオンで確認済

 

表記は「右手/左手」になります。当然ながら枚数が多くなるにつれて音色の重厚さが増します。

ただし、リード及びプレートの枚数の増加に伴い、楽器そのものの重量が増大し、著しく操作性を低下させます。音色の個性で他を圧倒したい方は是非トリプルリード以上の楽器をご検討ください。

 

近年ではライニッシュ式の代わりに比較的安価(半額以下)なアインハイツ式を購入し、ダブルリード(2枚鳴り)になるような改造をして演奏する方も出現しています。

 

充分な調律がされたトリプルリードのバンドネオンの音色は単音であっても非常に美しいです。3枚以上のリードはアコーディオンをエミュレートしたものですが、やはりバンドネオン特有の鋭い音です。3枚以上のリードの周波数を適正に調整するのは熟練の修理師でも至難の業です。

 

最後に、リードプレートについてです。

素材は亜鉛とアルミニウムのものがあります。これは亜鉛の方が良いとされております。

 

戦後に製作されたバンドネオンはアルミプレートの物が多いです。

アルミニウムは酸化膜を形成するため腐食には強いですが、音色がやや軽くて、丸みにかけると言われております。

 

筆者は音での判別には自信が有りません。内部の確認が必要です。

 

戦後のバンドネオンはアコーディオンと似た材質のリードとこのアルミプレートを合わせて使用していることが多く、そのような楽器はバンドネオンとして評価が低いものになります。

 

バンドネオン好きは基本的にアコーディオンの音色を求めておりません。

あくまでもバンドネオンでなければなりません。

 

[ポイント]

・バンドネオンにはBi-SonicUni-Sonicのものがある.

・Bi-Sonicには「ライニッシュ式配列」「アインハイツ式配列」のものがある

・バンドネオンの原産国はドイツ

 

次回をお楽しみに

 

外道バンドネオン奏者 マルヤマ

 

[経歴]

1982年静岡県生まれ。東海大学電子情報学部電気電子工学科卒業。電子音楽の研究、電子楽器の衝動買いなどをするうちに何故かバンドネオンの魅力にはまり、2012年より小川紀美代 氏にバンドネオンを師事。2018年9月より蛇腹党に入党し、外道バンドネオン伝道師として自身の独断と偏見に基づいた記事を執筆している。